ノストラダムスの大予言


ミシェル・ノストラダムス(1503-1566)。ルネサンス期フランスの医師、占星術師であり、なによりも予言者として知られている。

日本においては、1973年に五島勉『ノストラダムスの大予言』(祥伝社)が出版されたことで一躍、有名となった。1999年、恐怖の大王が空から降り立ち、人類を滅亡へと至らしめる。『百詩篇』第10巻72番の解釈は、当時の子供たちを文字通りの恐怖へ叩き込んだ。

結局はトンデモ本の代表作となった五島の著作以外にも、硬軟取り混ぜた研究書、解説書の類いが出版されている。その数は膨大なものだが、いま浅学の徒が稿を加えるにはそれなりの理由がある。当然、踏むべき確認手順が、あまりにもなおざりにされて来なかったかと、そう思うのである。

ノストラダムスの予言のすべてを検討する余裕は、残念ながら私にはない。いくつかの確認手順を踏んだのち、もっとも有名な『百詩篇』第10巻72番に対して、どのような解釈を与えるのが妥当かを考える。これが本稿の目的である。
■そもそも予言は当たるのか?
そもそも予言は当たるのか? まず重要となる確認事項のはずだが、これを検証した書は、私の知る限り一冊しかない。高木彬光『ノストラダムス大予言の秘密』(角川文庫)である。初版1974年の本書は、五島勉を批判する目的で書かれている。五島が99%とした、ノストラダムスの予言の的中率。高木が丹念に調査した結果では、15%となっている。

「なんだ、当たらぬではないか」などと結論付けるのは、早計である。的中したとされる15%の予言詩を、どう扱えばいいのかという問題がわれわれに残されてしまう。無論、日本にまともな資料がなかった時代の調査でもあり、厳密な再調査をすれば、的中率は15%よりも下がる可能性はある。しかし、上がる可能性もある。

いますべきは予言詩のうち、少なくとも、いくつかは当たると仮定したうえで(飽くまでも仮定である)、次の確認事項へと進むことである。
■『百詩篇』第9巻20番
次の確認事項とは、「予言は如何なる原理に基づくのか?」である。多くの研究書がここをなおざりにして、好き勝手に単語と単語、文字と文字を並べ替えてきた。そんな印象が私にはある。

では、的中したとされる予言詩のうちでも有名な『百詩篇』第9巻20番を参照しつつ、その原理を探っていくことにしよう。

De nuit viendra par la forest de Reines,
Deux pars, vaultorte, Herne la pierre blanche,
Le moine noir en gris dedans Varennes
Esleu cap. cause tempeste, feu, sang, tranche.

夜、レンヌの森を抜けて来るであろう、
結婚した二人が遠回りをして。白い石エルヌと、
灰色の服を着た黒い僧侶がヴァレンヌへ。
選ばれたカペーが嵐、火、血、切断を招く。

フランス革命期の1791年6月20日、ルイ16世と妃マリー・アントワネットは、パリからの逃亡を企てた。このとき王は灰色の服を、王妃は白い服を着ていたという。国王一行はシャロンの宿駅長に正体を見破られ、結局はヴァレンヌで勾留された。『百詩篇』第9巻20番は、このヴァレンヌ事件を予言したものとして知られている。この詩には作家コリン・ウィルソンもいうように、偶然と呼ぶには、あまりにも多くの的中箇所がある。
二人の人物が、一人は白衣で、一人は灰色の服を着て、迂路でヴァレンヌへやって来て、それから嵐、火、血、「tranche」と続き、「tranche」は、これはレイヴァーが観察していることだが、ギロチンのどすんという鈍い音のような響きがある。
(コリン・ウィルソン『オカルト・上』河出文庫
エルヌ Herne は王妃 reine の、黒 noir は王 roi のアナグラムといわれている。レンヌの森は実在しないが、ここは森 forest ではなくラテン語の扉 fores とすべきであるという説がある。国王夫妻は、チュイルリー宮の王妃の間の隠し扉から逃亡している。僧侶 moine は不明だが、あるいはルイ16世が性的不能者であったことと関係するのかもしれない。

いずれにしろ、この『百詩篇』第9巻20番からは、「トランシュ tranche 」という響きも含めて、妙な生々しさが感じられる。

 1   2   3   4   Next ≫ 

 
Design by Free WordPress Themes | Bloggerized by Lasantha - Premium Blogger Themes | Dcreators