ノストラダムスの大予言


空を意味する≪ciel≫の発音は「スィエル」である。よく≪L'Arc en Ciel≫を「ラルク・アン・シェル」と発音する人がいるが、あれは勘弁してほしい。それはともかく、≪sept mois≫が7月のある時期を意味するのでなければ、7ヶ月間、ずっと空から「恐怖の大王」が降り続けるのであろうか? 奇妙といえば奇妙である。

さて、「恐怖の大王」であるが、そのように訳すのであれば≪un grand Roi d'effrayeur≫となっていなければならず、実際、17世紀以降の版では、そう表記されているものが圧倒的に多い。ただし、1568年のブノワ・リゴー版のうち、リヨン市立図書館の蔵書では≪un grand Roi deffraieur≫となっている。そうであるなら「支払い役の大王」と訳さねばならないが、≪Roi≫も≪deffraieur≫も名詞なので、文法的にやや不自然である。

本稿では、ミュンヘンで刊行された同版の影印本に倣い、≪un grand Roi d'effraieur≫を採用した。発音をできるだけ正確にカタカナで表記すると、≪effrayeur≫は「エフレィユール」または「エフレィユー」である(語尾の≪r≫は、日本人には非常に聞き取りにくい)。≪effraieur≫であれば「エフレォ」または「エフレゥ」である。

解釈上、最大の問題となるのは≪Angolmois≫である。これはアングーモワを指し、この地方を統治したフランソワ1世(1494-1547)を意味するという説が有力である。しかし、そうなると1行目に、1999年と書かれているのが意味不明となる。ある研究者によれば、これは≪Mongolois≫のアナグラムであり、モンゴルを表すらしいのだが、あるいは、1999年にアジアで起こった何事かを暗示しているのかもしれない。

≪avant≫は前、≪apres≫は後ろ。≪Mars≫は軍神マルスで、火星や3月をも意味する。ここは「マルスの前後」と解釈すべきか、「恐怖の大王が来る期間の前後」と解釈すべきかが難しい。あるいは「アンゴルモワの大王が甦る、その前後」なのか。「アンゴルモワの大王、その人の前と後ろ」なのか。真相は暗闇の中に葬られたかに見える……。
■「恐怖の大王」の正体
しかし、この4行目を凝視するうちに、私は雷のごとき天啓に撃たれた。≪Mars≫は日本語の丸、すなわち、丸かぶりではないか!? そうであるなら、一つひとつのパズルのピースが、あっという間に埋まっていくではないか。

≪effraieur≫は、その音より恵方。フランス語では≪h≫は発音しないので、もっとも音の近い≪fr≫が選ばれたに違いない。

王を意味すると思われた≪Roi≫は、≪Roll≫もしくは≪Roulé≫である。≪Roll≫は英語だが、フランスでも使われないことはない。そして、≪grand Roll≫とは、もちろん太巻であり、≪un grand Roll d'effraieur≫で恵方巻となる。

≪sept≫も音より節、すなわち節分と解され、≪sept mois≫は節分までの販売期間を指すと考えられる。≪ciel≫は空ではなくて上方、すなわち関西地方を意味するのか。

恵方巻の起源ははっきりせず、江戸時代とも明治時代ともいわれている。戦後は一時的に廃れたが、大阪海苔問屋協同組合などの販売促進活動によって、関西地方を中心に知名度が上がっていった。1998年にはセブン-イレブンが全国展開。『百詩篇』第10巻72番に予言された1999年にはローソンが全国展開を始め、以後、急速に普及したのである。

さて、ノストラダムスの予言の原理とは、彼自身が渦中の当事者となり一切を体験することであった。だが、≪grand Roll≫が大王ではないとすると、彼が魂を仮託すべき対象が詩に見当たらない。いや、怪しいものが一つだけある。≪Angolmois≫である。

恵方巻の材料を確認してみよう。海苔、米、かんぴょう、キュウリ、シイタケ、だし巻き卵、ウナギ、桜でんぶ……この中で感覚器官をもつものは? そう、ウナギ anguille である。1999年、ミシェル・ノストラダムスはウナギと化して、セブン-イレブンとローソンの2社、その全国展開の一部始終を体験していたのである。

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