10分でわかるニーチェ


近年、もっとも話題になったニーチエ関連の書といえば、白取春彦『超訳 ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)である。

出版不況が長引くなか、100万部を突破しているとも聞くから快挙である。ベストセラーの例にもれず、古本チェーンでもよく見かける。調べたいことがあったので、先日、出向いて手に取ってみた。
もっと喜ぼう。ちょっといいことがあっただけでも、うんと喜ぼう。喜ぶことは気持ちいいし、体の免疫力だって上がる。恥ずかしがらず、我慢せず、遠慮せず、喜ぼう。笑おう。
もっと喜ぼう。気分のよくなる言葉である。『超訳 ニーチェの言葉』には通し番号がふられており、025にこんな箴言があるらしい。どちらかといえば相田みつをのようであって、とてもニーチェの言葉とは思えない。出典を知りたくなったのである。

手に取って調べたところ、ただ『ツァラトゥストラはかく語りき』とあるだけで章題はない。出典元との対照も難しく、これについては不誠実なものを感じざるを得ない。

そのような不誠実さへばかりではなく、本書に対しては厳しい批判も寄せられている。いわく、「平板」「薄っぺら」「ニーチェではない」「偽のニーチェ」「ニーチェは題名だけ」「著者にとって都合のいい部分を抜き出しただけ」「ニーチェを材料にして書かれた単なる自己啓発書」「インテリア小物にどうぞ」等々。

ハローキティのニーチェ 強く生きるために大切なこと (朝日文庫)
ハローキティのニーチェ
強く生きるために大切なこと
 朝日文庫編集部
最近では、こんなものまで出版されている。ニーチェの徒は歯軋りせよ。
しかし、これらの批判は、「私こそ真のニーチェを理解しているのだ!」という叫びにも、「売れたかもしれないが、著者が真のニーチェを理解しているはずがない!」という怨嗟の声にも聞こえはしまいか。真のニーチェなどと唱える者を挑発し、できうるなら歯軋りをさせたうえで葬るために書かれたのが、ニーチェの諸著作ではなかったか。

もとより真のニーチェはない。そうであれば、偽のニーチェもない。超訳とは、おそらく極端な意訳ほどのものであろう。その超訳によってバイアスをかけられて、ニーチェが気分のいい名言集になったとしても、それもまたニーチェである。

ニーチェとは、各人のニーチェにほかならない。以下に述べるのも私のニーチェであることを、あらかじめお断りしておこう。

読んで気分のよくなるニーチェ名言集。むしろ、書かれるべきだとさえ私は思う。ニーチェの哲学を標語めいた一言で表すならば、このようになるからである。

もっと気分よく生きよう。

これを言わんがためにニーチェは、世の気分を悪くしている元凶へ嘲笑と罵声を浴びせる。つまりは気分の悪くなる言葉を並べつつ、「もっと気分よく」を主張したのがニーチェの哲学といえる。上の標語を、もう少しニーチェっぽく表現すると……。

もっとも気分よく生きる者こそ強者である。

そう、ニーチェは「強者」「弱者」という言葉を多用した。ここら辺で気分の悪くなる方もいらっしゃるのではないか。世の気分を悪くしている元凶としては、次のようなものが挙げられる。プラトン哲学、キリスト教、形而上学、カント哲学……。そして、これらの元凶の影響を受けてしまった者が弱者であると、大まかにいえばそんな構図になる。

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